人体について

「は」 と「いと」について
「は」は顕界をさします。そして、その者の口の中の歯をさします。
顕界、その者がいきる小さな空間と 歯とは、「いと」で 繋がれています。

また、自分の「は」と、自分の生き方を決める、無形の意識は、「意図」でつながれています。「いと」とは、神の意図とも言えます。
その「いと」が変わると はならびも 変わります。

「はならび」というのは、その人の生き方によって「いと」が、変わると、「は」の様子も変わってきます。それをむりやり 矯正によって、良い形にしてはいけません。
結果として、良い生き方をすれば、良い形や、並びになるのです。

もし、今現在、「は」ならびで 困っている者がいたとします。
そのものは、無理に矯正をしては、いけません。それは、「いと」が 狂うからです。「いと」は、違った方に、働き、結果的に その者を 苦しめることになります。

意図を働かせて、より良い生き方、人のために働く生き方をすると、「は」は拡がっていきます。
「は」は、顕界と通じています。

顕界での生き方を変えることで、「は」がかわります。
そうするためには、修練をして、まず、自分がよりよく生きることです。

人のためにはたらくという決意を持って、生きるならば、修練をするならば、歯並びが変わっていきます。
HIROHIROが良い例です。

自分の歯並びだけが、変わるのではありません。顕界との繋がりが変わっていきます。

顕界との繋がりが、変わることで、結果的に、自分の歯並びが変わります。
自分が、もっと、決意して人のために働くならば、「いと」が変わります。
「いと」が変わり、「は」が変わります。

自分と顕界との繋がりの「いと」が、また更に変わるという繰り返しが起きれば、歯並びが変わっていきます。

見た目が良いということも、ある程度ありますが、その者の健康に・体調に良いというところが、大きく変わってきます。
最も変化が大きく上向くのは、その者の人生です。

実例は、こちら===>HIROHIROのブログ

この記述は、日之本元極で開催している「さとりの法」「説法-さとりののりしろ」「さとりののりあいぶね」シリーズを受講していないと理解できないかも知れません。
その講座の中で使われている独特な言葉が出てきていますから、詳しく知りたい方は、日之本元極「さとりシリーズ」受講をお薦めいたします。

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人体について

たとえば、女性の下肢の長さは、子育てが出来にくい体型(体系)を作っています。
足が、長いことで、骨盤や子宮底の角度が、代わっています。このことによって、子供が出来ない作れない結果となっています。そういうことによって、出産に拒否的な女性の身体に変貌しています。これが、時代の流れです。

男性は、生殖器の問題が多くなります、これらのことが、加速度を増して末期的な、世の中の変貌して行きます。今後、出生率は、ほとんど伸びることはないでしょう。

それでは、虫歯になったときと、事故で歯が折れたときだけ、治療をしても良いのか?
最小限の治療、痛みを抑える治療、不便を押さえる治療、それについては、ある程度認められることでしょう。

しかし、それさえも 欲張ってはいけません。形状を乱さないように整える。不便をなくす。その程度にするべきでしょう。

実例は、こちら===>HIROHIROのブログ

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人体について

では、「親知らずを抜く」という行為はどうでしょうか?

「おやを しらぬ」という結果になります。
親知らずとは、与えられた名前です。
それを ぬくと おやを知らぬ事になります。
知らぬ。とは 関わりがうすい。というような意味です。

歯の並びが悪いのは遺伝ですが、遺伝だけではありません。「いと」(意図)=神の意志がそうさせているのですから、最近の子供たちは、歯の並びが悪いのです。歯の大きさが大きく、あごが小さい。その結果、顎関節症の発生が多くなっています。

顎関節症は、ものがかめない、かみ切れない、砕けない、消化できないという世の中の表れです。「は」の顕界の現れです。そのことをどう克服していくかが、その者に課せられた課題なのです。

医療をもってして、それをなおしても構いません。しかし、それでは、根本的にはなおりません。その者が、それ以上成長できないという結果を生み出します。

日之本元極功法では、それを修練することによって克服していくことが、その者に課せられた課題をクリアしていく力となります。

克服するために、何をすると良いのかと云うことが分かっていないし、修練をしないから、そのまま残っていく訳です。

現代人に、今起きている現象は、ものの消化をしきれず、吸収も出来ない状態です。それは、すべてが、その結果を生んでいます。

時代の背景を消化できず、生きることがうすくなっている。そのことが、今、象徴的におきています。
歯並びだけを 治してはいけません。
生き方も、考え方も、人生も、修練をして解決していくという努力をしなければ、何ひとつ解決しません。

現代の 子供達や若者には、加速度的にその症状が出ています。

実例は、こちら===>HIROHIROのブログ

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人体について

その者に、課せられた「歯」の形は、今を生きる肉体にすぐさま 反映されるわけではありません。次に生きる意識に反映されていきます。

すぐ近くの、生きる期間だけを見ているのではありません。
その意識が、どう生きるのかは長い年月の積み重ねから、或いは、何回かの生き代わり、死に代わりを見て決められていくのです。

ですから、自分の生きる命を、最大限に輝かせて生きることだけを考えればいいのです。せっかくの、与えられた課題をむやみに 手を加えて、明らかに悪い方に 変えてはいけません。その困難さを、与えられた課題や試練を乗り越えてこそ、命を輝かせて生きられるのです。

肉体は、道具です。道具のために、精神を病んだとしても それを 克服していく努力をするべきであると云うことなんです。そのことが、全ての答えになります。

たとえ、受け口で、容姿が、みっともないとしてもそれは、その者に与えられた課題ですから、そのままの状態で克服していくように努力をしていくべきです。
本来、受け口というものは、この世の現代では、医者も異常と決めつける事が多いものですが、「異常」ではなく、単なる「遺伝」です。

受け口であっても、フィギアスケートの荒川静香さん、村主章枝さんのように、輝いて美しく生きている人達もいます。

遺伝的に受け口な者は、からだの骨格にも 大きな問題を抱えています。受け口のバランスが取れるような、背骨の状態になっています。
受け口の者は、背骨の突起が大きくなっています。下顎が前に出た分、背骨の突起が後ろに出て、バランスを取ろうとする骨格になっています。

受け口であるがゆえに、背骨の突起がおおきくなり、直立したときに、からだのバランスが取れるように自然に、仕組まれているのです。にもかかわらず、口だけを 治せば、身体全体のバランスは壊れてくることに、なってきます。

総ては、そういう、肉体としてのバランスを取った結果の「はならび」なわけですから、決して手を加えて、治してはならないのです。
虫歯をなおす、痛みを取るなどの 最小限の治療は 許されるところです。

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 (つづく)


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人体について

歯の はなし、歯は「は」に通じる

「は」のことは、人の歯の はなしは、そこに小さな「顕界」が示された「は」がた です。
その人、その人の「はがた」に、その人が生きていく「は」の顕界の小さな世界が映し出された結果の「は」の結果となっています。

「は」とは、人が現在生きている、この顕界のことを指します。
人は、有形な肉体と、無形な肉体、そしていくつかの意識の三重構造になっています。
有形な「歯形」は、無形な「はがた」と連動しているのです。

つまり一人一人の「はがた」「はならび」顎関節の構造などは、その人の人生そのものを顕しているのです。

ですから、それを 矯正してしまうことは、いかほどもの 人生への影響が かかわってきます。

もちろん、良い結果を生みだすことも 万に一つ、奇跡的に起こることもあるでしょうが、ほとんどのケースでは、「は」がた を狂わせる結果となってしまいます。

その人が生きる、或いはこれから生きるであろう顕界のようすを、その人の「歯形」が決めているのだということを理解せねばなりません。

顕界で、生きる生き様を決めている「は」がた を変えることによって、つまり、肉体全体に影響が及ぶのは、当たり前のことです。

「は」がたの、代表的な世の中で異常とされる症状は、「は」 の 乱喰い歯のような がたがたの歯を指すでしょう。その乱喰い歯というのは、その者が生きていく顕界のがたがたの波、困難、座を示しています。

それを乗り越えて生きていくことは、その者に課せられた人生の課題なのです。それを歯の形だけを矯正したところで、肉体上への問題が残るだけであって、課題は克服されるわけではありません。

そこの所を理解して治療に当たらなければ、人生そのものを総て「ふい」にしてしまいます。

は、歯、は、歯、は、 呵々大笑。にひひ

実例は、こちら===>HIROHIROのブログ

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人体について

babatanukiのブログや、HIROHIROのブログに最近、顎関節症や歯について書かれていました。そこで、口腔内の治療について書いてみたいと思います。

この記述は、日之本元極で開催している「さとりの法」「説法-さとりののりしろ」「さとりののりあいぶね」シリーズを受講していないと理解できないかも知れません。

その講座の中で使われている独特な言葉が出てきていますから、詳しく知りたい方は、日之本元極「さとりシリーズ」受講をお薦めいたします。

まず、歯の治療は、必要最小限にしなければならないことをお伝えします。特に歯列矯正については、注意が必要です。

良い矯正と悪い矯正があります。
虫歯になって、欠けた歯を元に戻すことなどは、良い矯正ですが、もともと、歯がゆがんだ位置にあるのは、生える必要性があるからその位置に生えたのです。

歯の位置、歯の並びは、必要があって先天的な奇形によって歯が欠けてるとか、過剰に生えているので、そういう形状になったのです。過剰な歯だけを除いたり、欠損歯を埋める程度ならば、まだしも、欠損しているからといって歯列の全体をいじってはいけません。

歯列の矯正とは、できるかぎり最小限に、元あるところに、収めることを目的にして行われなければなりません。
歯というのは、根の結果の「は」です。「ね」が変わらないのに、「は」だけを変えてはいけません。

「ね」から「くき」、「くき」から「は」が出ている訳です。
その結果の「は」ですから、「ね」も「くき」も「みき」も、 健全になった結果、歯が動くのであれば、それは、良い矯正といえます。

からだの 土台が変わっていけば、歯がゆがんで「ね」から「ねこそぎ」変わっていった結果、歯並びが、悪くなる可能性もあります。もちろん、改善する場合もあります。つまりは、「は」は、人の身体の結果の「は」だということです。

「は」だけを治してはいけない。「は」だけを無理に治すと 「ね」が「くさる」ということになってしまいます。そもそも、それぞれに、さだめられた歯列のアーチがあります。そのアーチをほぼ変えない程度に、乱れている歯を治す行為は、まあかろうじて許され得る範囲でしょうけれど、それとて身体の他の箇所に大きな影響が出てくるでしょうから、しない方が賢明だと言えます。

それぞれの骨格の結果として、あたえられた、歯のアーチや高さを根底から変えてはいけないのです。異常なこと(一般的な異常を指しているのではありません)を治す程度の矯正に止めるべきで、根幹から治そうとするのは、矯正ではなく、改悪であるのです。

以上述べていることが、さっぱりお判りにならない方は、我慢して、次回もお読みになると少しずつその内容が明らかになります。
 (つづく)

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