元極功法習い始めの頃

人の体の不調箇所が的確に判るようになってくるのと同時に、

その不調が自分に感じるのです。

痛い、苦しい、不快だ、気持ち悪い。

こんな症状が本人同様、自分にも襲ってくるのです。

人の為に、人の不調箇所が判り、対処して上げられる能力が着くことは素晴らしいのですが、

次から次へと襲ってくるその不快感には耐えられません。
どんどん鋭敏になってくるその能力は、そのうち道ですれ違う人の不調まで拾って、

こちらが不快になってくるようになりました。

「掛け金を下ろす」


そんなとき浮かんだのが、この言葉でした。

その小説「家族八景」を読んでからその時まで既に二十年近く経っていたと思いますが、

何故かこの言葉が蘇ってきたのです。

人の悪い箇所を感じるセンサーの扉を閉めて「掛け金を下ろす」ことを練習したのです。


やって行くうちに、うまく出来るように為るではありませんか。

以来、体を観る依頼があったとき以外は、いつも「掛け金を下ろして」います。


そして、私が教えているスタッフ達には、「観ること」や「功法」の安売りはするな。

と、いつも言っています。

なぜなら、安いとこちらの苦労が伝わらない。

相手が自分の病気を、自分で治そうとしない。

功法の価値が相手に判らない。

・・・・からです。


数百万円、数千万円掛けても、現代最新科学や医療で出来ないことを実現するにも関わらず、

「500円」で、して貰おうとする人が後を絶ちません。

「掛け金を下ろす」ことは、

我々が観る人から貰ってしまう悪いモノから為る
自分の肉体の不調」や、

相手との認識のギャップから起こる、「人助けを継続する気持ちが萎えそうになる」のを、

ガードする唯一の方法なのです。

キャノンS90 

元極功法習い始めの頃

元極を始める前、一年間、他の気功法を習っていました。

一ヶ月数千円。

近くて便利、そして安い、今考えてみると気功法としてもそこそこ力のあり、

先生も立派な方でした。

しかし、一年後に元極に出会い、

遠くて高い、この功法を習おうと思ったのです。


時々次のような方がいらっしゃいます。

「市で主催しているスクールは、一ヶ月500円で気功を教えてくれます。」

そういうところに魅力を感じる方は、そちらに行っていただければよいと思います。

価値観が全く違うのですから、致し方ありません。


代々数百年続く秘伝を、500円の月謝で教えると思いますか?

せいぜい、ラジオ体操くらいのことです。

中国には、「黄金で道を買う。」という作法があります。

何十年も苦しい修練の成果を「500円で教えてくれ」というような者には、

渡すことは出来ないでしょう。

教えてもらう方にも、それなりの覚悟が必要です。

オッと、随分脱線してしまいました。


蓮花山に行くとき、私は相当な覚悟で行きました。

当時、自分で小さな会社をやっていた私は、蓮花山に行く2週間という期間は、

仕事上では致命的なものでした。

何が何でも、何か掴んで帰ってこようと、

必死の覚悟で行ったことを今でも覚えています。

そんな気持ちは通じるもので、帰る頃には人の体の状態が、

ある程度判るようになっていたのです。

帰ってからも、自分なりに研究し、その力を磨く努力をしました。

だって、誰もそんなこと教えてくれる人が居なっかったんですもの・・・・。


手に入る気功の紹介本を手当たり次第に購入して濫読しましたが、

人の体の中を観る方法なんてことは何処にも書いてありませんでした。

それでも、ただ一冊、ホンの一行、手掛かりになりそうなことが書いてあるのを見逃しませんでした。

その一行から独自に、いろいろ試しているうち、

自己流の練習にも関わらず、その力はだんだん本物になってきました。

その手掛かりは、何十冊もの本の中のたった一行だったのです。

キャノンS90 

元極功法習い始めの頃

大学に通う頃から濫読癖が有りました。

そんなときに好んで読んだのが、筒井康隆の本でした。

中でも「七瀬シリーズ」は大好きで、印象的な短編小説でした。

「家族八景」「七瀬再び」「エディプスの恋人」の三部作は、

同じ主人公なのに、作風が全く違う不思議な本でした。

その1作目に出てきた

「掛け金を下ろす」

という言葉が、

小説の中身を殆ど忘れてしまった頃にも不思議に心のどこかに引っかかっていました。

今から20年も前、元極を始めて三ヶ月目に中国蓮花山に行きました。


三ヶ月修練して、何もまだ感じることが出来ないで居ましたが、

何か信じることの出来るものがこの功法から感じられたのでしょう。

二十何万円かの費用がかかるにも関わらず、行くことに決めたのです。

私は、生まれて此の方現在まで、ずっと貧乏人ですが、

自分の能力を伸ばすのにプラスになる物や情報には、

惜しげもなく(自分の資力内のことですから大したことはありません)お金をかける癖があります。

例えば、一冊の書籍の中で、たった一行でもプラスになると思えるところがあれば、

その本が数千円、数万円(実際に一冊数万円する本は何冊も所有しています)しても、

別にその金額は惜しくないと思えるのです。

これは、二十歳位の頃から漫然と実行してきている私の生き方です。

これはと思ったら、金額や距離に関係なくそこに行く。

手に入れる。

そんなことが、本物に出会うコツだと思います。

キャノンS90 

元極功法習い始めの頃

私が気功を始めた切っ掛けは非常に不純なモノでした。(そのお話は―>こちら
不純なりに、気功を始めるにあたって一つの方針を立てたのです。

その方針とは、
「私は気功や、見えないものを疑っている。よって、習っていく段階で理解できないことや疑問がいっぱい出てくるであろう。そこでいちいち先生に喰ってかかっていたのでは、身に付くはずのモノも身につかないかも知れない。せっかく習うのであるから、その間は、先生の言われる通り、文句を言わずやってみよう。」
というものでした。

この方針は、大正解でした。
この六字訣という功法をしている一年数ヶ月の間には、殆ど何も感じない、判らない、効果がないのではと思っていましたが、今振り返ってみると大きな収穫をしていたのだなあと感じています。

習う者の姿勢として、全てを受け入れるということが失われたら、それはもう習っているとは言えないことになってしまいます。

「師弟関係とは、上下の関係である。」
しっかりとそのとき掴んだ人生訓です。

現在、世間の多くでは、お金を払っているのだから、教える方がサービスするは当たり前みたいな考え方がまかり通っていますが、金で買えるような習い事はろくなモノではないでしょう。
 (つづく)

ペタしてねペタしてねペタしてね

元極功法習い始めの頃

私が最初に習った気功法は、現在中国で公認されている気功法4種の内の一つ、「六字訣」という功法でした。

この功法は、六つの臓器それぞれの特有な共鳴音を発しながら動作をするという他の功法とは少し変わったモノでした。(今でこそ、そう言えるのであって、その時の私には気功は皆同じようなモノと捉えていました。)

その共鳴音を発することで、臓器の邪気を体外に出していく功法です。

気功には、大きくその性質で分けると、
瀉法-悪いモノを排出する方法
補法-良いモノを取り入れる方法
周身法-取り入れた良いモノを体内に廻らせる方法
上記を組み合わせた功法などがあります。

六字訣は、典型的な瀉法の功法でした。そして自ら修錬するだけの功法としては非常に優秀な功法でした。

私のそのときの師は、六字訣を造り出した「馬礼堂(ばれいどう=まーりーたん)」師唯一の日本人の直弟子でした。何も判らないで始めたのに、今思えば何という幸運だったことでしょう。
 (つづく)

写真をクリックすると大きくしてご覧になれます。photo by S001 サイバーショット携帯

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元極功法習い始めの頃

元極功法を習い出す前、現在中国で公認されている気功法4種の内の一つ、「六字訣」という方法を習いました。

中国政府公認の四功法というのは、「易筋経」「五禽戯」「六字訣」「八段錦」の四種の功法です。世界中に3000種以上とも言われている気功の類の中で何故この四種だけが公認されているかと言えば、1999年まで時を溯(さかのぼ)らねばなりません。

この年、北京中南海にて、法輪功という(気功に似た功法をしている)団体が数万人規模の座り込みをしたそうです。これに危機感を持った中国政府は、一時気功の類の功法を全て禁止し、数年後、自らが行って自分にだけ効果が現れる古典的な功法を四つ選んで公認したのです。

他人に気を入れたり、気を送ったりする功法はいまだに普及活動を認められていません。それは力の大きな人の所に多くの人が集まることを阻止したいが為のことでしょう。

中華元極功法は、当時5~600万人の会員を擁し、公開してからそれまでの十二年間、のべ入門者数2800万人という人気功法でした。
功力が大きいが故、その普及活動も出来なくなってしまったのです。

現代科学で解決できない多くのことを解決することの出来る「元極功法」という中華の珍宝を中国は自ら手放してしまったのです。
 (つづく)

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元極功法習い始めの頃

元極功法では、修錬を続けて功力が上がるに連れ、頭頂部皇極宮より無形の金線が出でると言われています。言われているだけではなく、特異効能者(一般に言う超能力者)にはそれを見ることが出来ます。

元気(一般に云う気)を自由に扱うことが出来るようになれば、金線が虚空界(現代科学的に申せば、ほぼ大気圏)を覆い、元光を扱う段階では、太空界に届きます。そうなることで効能がその領界に及ぶのです。元音レベルでは、真空界をも手中にします。

張志祥先生は、公開当初「貫頂・開天目」をした後、「封頂」と云うことをしていました。
ある大きな講座の時に、日本から行った2,30名の会員が貫頂を受け、帯功を最後まで受けていると、帰りの飛行機に間に合わないので、仮収功をして、途中で帰ることになりました。
張先生から、「XX時より、封頂をしますから、皆さんその時間には、両手で百会(頭頂部)を覆い、五分程、目をつむっていて下さい。」とご指示がありました。

その時刻になって、一行数十人が一斉に目をつむり、頭頂部に手を重ねて置いたのは、なんと飛行機が飛び出してからのことでした。

搭乗員さん達は、まさに異様な光景を見て、驚いたことだと思います。
このことも、遠隔で多くの人達に三元エネルギーを届けたという一つの例です。

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元極功法習い始めの頃

Aさんは、電話で話している間に自発動が起き、元極の真言「でぃん」で、直ぐ止まりました。
何故止まったのか、信じないAさんに向かって、私が電話口から
「唵(あ~ん)」
と訣を唱えた瞬間、電話の向こうから、
ドッタ~ンという大きな音が聞こえ、
「たすけて~」と、遠くで叫んでいるのが聞こえました。

その状態を感知して、またもや
「でぃん」
と唱えると、少しの間をおいて、
「ああ、たすかった。」
と、Aさんが電話口に復帰してきました。
「どうなさったんですか?」
「どうもこうもありませんよ。『あ~ん』と聞こえると同時に、身体が後ろに2メートル位吹っ飛んだんですよ。そして仰向けのまま、また亀をひっくり返したように、手足が天井に向かってバタバタと動いて止まらなくなったんです。」
「やっぱり元極のおまじないは効いたでしょ。」
「とんでもない力が、この功法にはあるのですねぇ!!」

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元極功法習い始めの頃

ペタしてね

Aさんに遠隔送気をして数日後のことでしたか、電話でこれまでのことをお話ししていたときのでした。またもやAさんに異変が起こりました。

「わ~、大変。左手が勝手に上に上がっていってぶらぶら動いてる。止めようと思っても、止まりませ~ん。何とかして下さい。」
と、電話口で騒いでいます。

私と話しているうちに、三元エネルギーが入って、自発動(勝手に身体が動くこと)が始まってしまったようです。私は、すぐ元極功法の教科書に、その止め方が書いてあったのを思い出して、はっきり大きな声で、
でぃん(中国元極功法の功訣=十字真言の一つ)」
と唱えました。

「あっ、止まりました。何ですか、今の『でぃん』というのは?」
まだ、功法を習っていない方に、ご説明しても判らないからと思い、
「まぁ、おまじないのようなものです。」
と、言いますと、
「そんな馬鹿な。」
と、言われたので、
「いや、本当に効くんですよ。元極功法の十字真言と言うのです。なんならもう一回やってみましょうか」

そう言って、
あ~ん(唵=十字真言の一つ)」
と、唱えました。

どった~ん

受話器の先で、大きな音がしました。
~~!!叫び

(つづく)

元極功法習い始めの頃

ペタしてね

遠隔送気によって、とんでもない体験をしたAさん。挙げ句の果ては、天目が開いて太陽が裸眼で直視できるようになりました。ひどい状態の身体も、少し過ごしやすくなったようです。

私は、この事の後にも、元極功法にてお付き合いする方々が立て続けに、天目が開くということが続き、終に「開天目の増田」などと、冗談で一時は呼ばれるようになりました。

この5ヶ月後くらいには、二度目の中国蓮花山行きで、「画訣」という秘法を受け、「貫頂開天目」をする力を張志祥先生から授けられました。これによって、現在では天目は一瞬で開けられるようになっています。この力は、皆さんも日之本元極の「階ひと・画訣講座」を受講すれば、等しくどなたでも授けられます。

しかし非常にエネルギーに敏感なAさんは、その後も毎日大変な経過をたどって、健康に近づいていきました。勝手に口が動く事はなくなりましたが、相変わらず自分とは別人格の意志が、のべつ幕なしに語りかけてきます。

今まで動かなかった所や、痛かった所が勝手に動き出したりして、会社の中でそれを隠すのに苦労なさったそうです。しかし確実に肉体は、健康へ、健康へと、近づいて行くことが判りました。

遠隔送気をきっかけに、元極功法を実践することにしたからです。
(つづく)